2009年12月05日

『密室から黒猫を取り出す方法』

北山猛邦さんの『密室から黒猫を取り出す方法』を読む。引きこもり探偵音野順とミステリ作家白瀬白夜をメインキャラクタにしたシリーズ二作目の短編集。軽妙な会話には萌えの要素もあり、非常に読みやすくて誰にでも薦められる作品となっています。

が、しかしこの短編集の魅力はこのライトさだけではないのです。ミステリの古典的なモチーフを北山流に料理するその仕方に、北山さんのミステリIQの高さが現れているのです。

密室殺人の仕上げ段階で密室内に黒猫が入ってしまうというエピソードを倒叙もののエレガントなオチに結びつけた表題作、全ての伏線を回収しながら意外な凶器を導き出す人喰いテレビ」、こちらも意外な凶器ものながらひねりが利いている「音楽は凶器じゃない」、名探偵が真相を明らかにするとびっきり意外な方法に快哉を送りたくなる「停電から夜明けまで」、物理トリックの鬼である北山さんの面目躍如たる密室もの「クローズド・キャンドル」と、どれもミステリを多く読んでいる人ほどにやりとできる粒ぞろいの名作ばかり。

個人的には「停電から夜明けまで」がもっとも好み。ラストから2行目に、この作品の魅力の全てが集約されています。「膝かっくん」がうまく決まった時のような脱力系のしかけ(しかしこのしかけを成り立たせるのにどれほどのテクニックが必要か!)をぜひ堪能してほしい。

ということで、強くオススメ。
posted by △ at 10:37| Comment(0) | TrackBack(0) | もじにいりびたる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『葛野盛衰記』

森谷明子さんの『葛野盛衰記』を読む。

「桓武天皇から平氏滅亡までを、都という存在に託して語る一大叙事詩」と出版社のHPには書いてあります。歴史を題材にした小説なんですが、現代を題材にした小説のように読みやすい。もちろんそれは森谷さんの清潔な文体のおかげでもあるのですが、ここでは別の理由としてストーリーに関する特徴を指摘したい。この小説は、歴史を「男の歴史」として描く傾向を、二つの要素に重点を置く事で回避しているのです。

一つは、この物語が人物の盛衰の向こう側に「みやこ」の不変性をつねに見とりながら進行するという要素。群像劇のあれやこれやの悲劇性の背後に「場所」という文字通りの「定点」が設定されているから、読者が行方不明にならないんですね。これは講談社HPの文言にもある要素。

もう一つは、この物語では女性たちが実に生き生きと描かれているという要素。「待つ女」「翻弄される女」というモチーフを、しかし男目線ではなく女性側からきっちり描いているから、出来事のひとつひとつが「男らしさ」ゆえのうざったさを感じることなく読めるんですよね。

しかし森谷さん、現代を舞台にした軽妙なミステリを書くかと思えば、こんな骨太の歴史小説も書くなんて、器用にもほどがある。コンスタントに作品も発表してくれるし、読書家が大事にしていかなきゃいけない作家さんです。オススメ。
posted by △ at 10:35| Comment(0) | TrackBack(0) | もじにいりびたる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月29日

『ペンギン組曲』

西村朗さんの『ペンギン組曲』を購入する。ヤマハの渋谷店でセールに出されていたので、ここぞとばかりにゲット。

西村さん唯一の子ども向けのピアノ独奏作品。とは言われているんですが、結構難しいし、何より曲想は一切子ども向けではない。もろに現代音楽です。これを弾くよう教師に指定された生徒の心情やいかに(笑)。

しかし子ども向けという条件を外せば、僕のピアノのレベルでもぎりぎり弾けそうな西村作品ということで、これはこれで大事な作品かも、とも思います。一曲目とか、幻想的で結構素敵だしね。
posted by △ at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | みみをすます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月28日

『殺しの双曲線』

西村京太郎さんの『殺しの双曲線』を読む。このブログとしては異例の(初です、多分)西村作品です。

初期の西村さんは本格ミステリを書いていて、この作品も「そして誰もいなくなった」の着想と双子トリックを組み合わせたまさに本格の王道もの。なんせ冒頭で「本作は双子トリックものです」って宣言しちゃってるしね。

双子の銀行強盗と、雪の山荘での連続殺人が同時並行で語られていって最後に一本になるところなんか、非常に本格ミステリ。へえ、十津川警部が登場する前の西村作品ってこういうのだったのね(笑)。

あと、この作品と同じ設定が人気ドラマ『相棒』の中の作品にありますね。もっとも、『相棒』の方は西村作品以上にこの設定ゆえの難問を上手にクリアしているので、盗作では全然ないですが。
posted by △ at 20:10| Comment(0) | TrackBack(0) | もじにいりびたる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『不可能犯罪コレクション』

二階堂黎人さん編の『不可能犯罪コレクション』を読む。二階堂作品も収録されていると思っていたんですが、されてないです。残念。収録作品は以下の通り。

大山誠一郎「佳也子の屋根に雪ふりつむ」
岸田るり子「父親はだれ?」
鏑木蓮「花はこころ」
門前典之「天空からの死者」
石持浅海「ドロッピング・ゲーム」
加賀美雅之「『首吊り判事』邸の奇妙な犯罪」

もっとも感銘を受けたのは大山作品。詰め将棋の良問のように、最小の手数でエレガントな解答にたどりつく手筋のよさに魅力を感じました。岸田作品はちょっと今邑彩作品っぽいテイスト。能をテーマにした鏑木作品は独特の読みごこち。門前作品はある意味犯人を見極めやすくて、石持作品はいつも通り作中人物の倫理観が不思議。加賀美作品は彼らしい物理トリックが持ち味。

全体として萌え系や脱格系の本格ミステリではなく、オーセンティックな辺りを選んでいるのが二階堂さんらしいですね。面白いアンソロジーでした。
posted by △ at 20:02| Comment(0) | TrackBack(0) | もじにいりびたる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『職業欄はエスパー』

森達也さんの『職業欄はエスパー』を読む。同題のテレビドキュメンタリー作品を森さんは作っているのですが、そのための取材などの様子を描いた、こちらは書籍の形で(また別個の)ドキュメンタリー作品です。かなり有名な作品なのですが、今回ふと図書館で目に留まったので読んでみました。

正直に申しまして、超能力に対するものの見方が変わりました。「信じない」派から「信じる」派へ転向したのではなくて、この二項対立に落ちるべき前に考えるべき問題がいくつもあることに気づかされた、という意味で。特に、「スプーンなんか曲げて何になるの」式の嘲笑がいかにくだらないかについて説得力をもって示してくれた意義は大きい。森さんは、よく「信じる」とか「信じない」という立場性を宙づりにしながらここまで丁寧に取材を深められたものです。

あと、「大槻教授」の言説については、一度総点検すべきかもな、と思いました。これまた「信じる」「信じない」という立場性を宙づりにした形で、ね。

この本に対する感想を書くことが、超能力を信じているかいないかの表明として受け取られるリスク(それこそが森さんの危惧する事態であるのですが)ゆえ、どうも奥歯にものの挟まった言い方になるのですが、しかしこの本はぜひ読んでほしい。ドキュメンタリーって力を持ってるなあ、と感銘を受ける事間違いなしです。強くオススメ。
posted by △ at 20:01| Comment(0) | TrackBack(0) | もじにいりびたる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月24日

『仮面の告白』

三島由紀夫の『仮面の告白』を読む。図書館で借りた本を全部読んでしまって手持ち無沙汰だったので、ついに積ん読状態だったこの本を読んでしまいました。

三島の自伝的小説で、同性愛を主題として明確に扱ったものである、という情報はこのブログをごらんの皆さんもご存知でしょう。そして、三島の最期を含める一連の言動をご存知の方なら、彼が同性愛について扱った小説に対して警戒感を持つところもあるかと思います(あ、未読の方に向けて書いてます)。でもね、この本は絶対に読んだ方がよいと思う。

なぜそうなのか。もう三島作品なんかとっくに読んでいるだろうこのブログの読者に向けて書くのはこっ恥ずかしいことこの上ないのだが言ってしまうと、この怜悧にして的確な描写は一体なんなんだ。もうね、いちいちうますぎて嫌になっちゃう。手頃な言葉に飛びつかずにその周囲から思わずうならされてしまう表現を引き出してくる感じに酔っぱらってしまった。あと、驚いたことに文体がまったく古くない。20年くらい前の社会派推理小説よりよっぽど読みやすいのではないか(笑)。

まあ、僕の場合だと自分のアイデンティティとも絡んでくるゆえ、今だから読めるけど10年前だったら(3年前でも)体が全く受け付けなかっただろうとも思うわけで、この辺りの思いを言語化するにはちょっとまだ抵抗があるような読書経験でもあったわけですが。作品自体は僕が今更言うことでもないですが素晴らしいです。まさか自分が三島作品を絶賛することになるとは。我ながら驚き。ということで(どういうことで?)オススメです。
posted by △ at 09:53| Comment(0) | TrackBack(0) | もじにいりびたる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『音楽は自由にする』

坂本龍一さんの『音楽は自由にする』を読む。坂本さん初の自伝(たぶん聞き書き)です。

どんなに好きな作家やアーティストのものであっても、自伝ってやつに興味がない僕なんですが(笑)、まあ読んでみました。結論、面白かったです。

白眉はやはりYMOをめぐる一連のエピソードが、その裏で何があった(と教授は語っている)かの情報を加えて語られている部分でしょう。「散開」という言葉に込められていたもの、HASYMOってそういう経緯で発生したのねってディテールなど、興味深かった。あと、僕は実は教授作品を好きになったのはわりと最近なので(というか、年齢的に初期の活動は知る由もない)、僕の知らない作品について語ったくれたのもよかった。

長大な自作解説の趣きもあるので、そもそも坂本作品を全く聴かない人にはわかりにくいかもしれない。そう言った意味でファンブックとも言えるかもしれない。
posted by △ at 09:51| Comment(0) | TrackBack(0) | みみをすます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月21日

『水曜日の神さま』

角田光代さんの『水曜日の神さま』を読む。角田さんが書き溜めてきたエッセイの中から、旅に関するものを集めたエッセイ集です。今週末に旅をするのでそのお供にと思っていたのですが、我慢できずに読んでしまった(笑)。

角田さんが無類の旅好きであること、ある時期までは彼女にとって旅と小説執筆は切っても切れない関係にあったこと、など、角田さんの創作の根幹にあるようなエピソードが語られるエッセイあり、旅先での食に関する緻密なエッセイありと飽きさせないのですが、しかし語り口は淡々としている。エッセイっておもしろく読ませようと知恵を絞って書くものであるべきだし、そういうテクニックが必要だという意味で小説に負けず劣らず難しいジャンルだと思うのですが、しかし角田さんのそれはただ淡々と静かに文章の力で読ませてくる。「あんなすごいことがあった」「こんなすごいことがあった」と書いているように見せて、その出来事を俯瞰できちんと見た上で冷静に言語化していく角田さんの筆力ゆえ、驚きが恩着せがましくない。エッセイも上手なんだなあ、角田さん。

ということで非常に上質のエッセイ集でした。大変にオススメ。ああ、角田さんの小説、また読みたいなあ。
posted by △ at 21:13| Comment(0) | TrackBack(0) | もじにいりびたる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月18日

『虚無への供物(上)(下)』

中井英夫さんの『虚無への供物(上)(下)』を読む。いわずと知れたアンチミステリの傑作、とのことで、高校の時以来で再読してみました。特に意味はないんですけど。

名前に「蒼」や「藍」といった色を冠したものたちの一族、氷沼家に起こるザ・ヒヌマ・マーダーを題材にした、非常にグロテスクな構成をもつ作品。殺人を予告する「探偵」がいたり、殺人かもわからない事件に対してあれやこれやの推理合戦がおこなわれたり、ひねった本格ミステリのようなのですが、読んでいる最中の感覚は全然違う。本格ミステリとしてはピントがずれた作品にどうしても読めてしまうんです。「解決編」ってのもあるのかないのかわからないような感じですし。

この、「起こっていることは本格ミステリ的なのに読み心地がなんだか全然本格ミステリじゃない」ってところが、この作品を他に類を見ないアンチミステリにしているのだと思います。大いに幻惑されながら読んで欲しい作品。
posted by △ at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | もじにいりびたる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする