2009年10月26日

『森に眠る魚』

角田光代さんの『森に眠る魚』を読む。文京区音羽のお受験殺人を題材にした長編小説。生半可な覚悟で読んではいけないが、読まれるべき大傑作です。

東京のある街で出会った5人の女たちは、育児の悩みを分かち合う仲良しグループになったものの、些細なすれ違いや裏読みの連鎖によって、互いに殺意を覚えるようになっていく…この関係性崩壊の過程の描き方が実に巧みで、「仲良しだったのに、なんで!?」という読者の側の思いに必然性をもって答える形になっています。

僕がこの作品がすごいと思う点は大きく4つ。第一に、5人の書き分けがうまい、かつ全体の設定を実に緻密に構築しているため、最終的に「一人をつまはじき」にするのではなく、あの人はあの人が嫌いでという状態が錯綜して仲良しグループ全体が崩壊してしまうという過程をうまく描いているところ。一人をつまはじきにするだけだったら、登場する女は5人もいらないし、女たちの孤独が狂気に向かうリアリティも描ききれないと思う。

第二に、女たちの心理描写が巧み。「一喜一憂」という言葉の起伏をもっと極端にしたような、安堵しては不安になり、喜んでは怒ったりという振幅の中で女が追いつめられて行く過程がよく出ている。筆力のない作家だったら絶対ここは単線的に書いちゃうんだよね。そうでないこの作品は、単純な表現で恐縮ですが、読んでいて心をかき乱される。

第三に、嫌でも連想せざるを得ないこの疑問、「じゃあ一体誰が誰を殺してこの作品はカタストロフとなるのだ?」という点に関する角田さんの答え方があまりに素晴らしい。第6章ラストのこの箇所、小説だけに許されたテクニックを使って描かれるこのシーンを読む事のできた幸福といったら!今思い出しながら泣いてしまった(ハッピーエンドとか、そういう分かりやすいのを期待しないでね、念のため)。この箇所があるから、第7章が活きてくるんだよね。

第四に、タイトルの付け方が絶妙。タイトルと本文の間に広がる空間は、そのままこの小説全体が開く感情の渦巻きの奥行きと重なるのです。身悶えするほどのタイトル力。

ということで、強く強くオススメ。『予定日はジミー・ペイジ』とこの作品が同じ作家によって書かれたなんて…正直、角田さんには恐怖すら覚える。
posted by △ at 12:10| Comment(0) | TrackBack(0) | もじにいりびたる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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