2009年11月02日

『音楽の聴き方』

岡田暁生さんの『音楽の聴き方』を読む。

音楽なんて自由に聴けばいいというけれど、私たちは自覚できないさまざまな「型」をすでに持って音楽を聴いてしまっている。ならば、その「型」に自覚的になってみよう。そんな発想から書かれた本です。僕の見立てではこれは『まなざしのレッスン』の音楽版ですね。

この際岡田さんが積極的に主張するのは「音楽は言葉にできない」なんてことを言ってないで、音楽を語る言葉を磨こう、ということ。これには僕も大賛成。具体的なエピソードを読むうちに、音楽を生き生きと語る事の面白さがわかってきます。

ただ、岡田さんは音楽学の人で、僕自身は音楽社会学にシンパシーを感じているせいか、ああ、完全に立場が違うんだなあ、と思う箇所もありました。例えばこんな箇所はどうでしょう。

「社会」なるものの自明を疑うことがない大半の音楽社会学から、彼(引用者注:パウル・ベッカー)の見解を決定的に分かつものは、この「私たちにもはや社会はない」というラディカルな認識である。(p.182)


趣味の多様性によって音楽受容が分断されたことをもって「社会がない」と言い得るのか。「社会がない」というわかりやすい言葉によって、むしろ「音楽」という概念が無傷のまま延命されてはいないか。ほら、同じ現象に対して全く逆の読み方もできるでしょ。こういうところが音楽学と音楽社会学の埋められない溝なんだなあ、きっと。

しかして、聴く「型」を身につけよう、という主張にはやはり大賛成。オススメの本です。
posted by △ at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | みみをすます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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