2010年03月21日

Chor Kraut 5th Concert

Chor Kraut 5th Concertを聴いてきました。

2010/03/14(Sun.) open13:30 start14:00
@センティニアルホール(埼玉県立春日部高等学校内)

プログラム

第1部 木下牧子特集

めばえ (作詩:みずかみかずよ)
44わのべにすずめ (原詩:Daniil Kharms 訳詩:羽仁協子)
虹 (詩:高見順)
グリンピースのうた
おんがく (作詩:まど・みちお)

第2部 外国語曲ステージ

Kyrie
Gloria
Sanctus
Agnus Dei (以上、Missa Piccolaより 作曲:Sandra Milliken)
Sing for joy (作曲:Sandra Milliken)
At the Milonga (作詞:Murray Milliken 作曲:Sandra Milliken)
Hodie Christus natus est (作曲:Niels la Cour)
O salutaris Hostia (作曲:Javier Busto)

休憩

第3部 はるうた

手紙 (作詞・作曲:アンジェラ・アキ 編曲:鷹羽弘晃)
春に (作詩:谷川俊太郎 作曲:木下牧子)
旅立ちの日に (作詞:小嶋登 作曲:坂本浩美 編曲:松井孝夫 合唱・伴奏編曲:榎本潤)
卒業写真 (作詞・作曲:荒井由実 編曲:小池ちひろ)
なごり雪
さくら(独唱) (作詞:森山直太朗、御徒町凧 作曲:森山直太朗 編曲:松下耕)

第4部 無伴奏混声合唱のための「カウボーイ・ポップ」 (詩:寺山修司 作曲:信長貴富)

カウボーイ・ポップ
人さし指秘抄
猫はねむる 火のそばで
ある日
ヒスイ

アンコール:春に(だったような…記憶が曖昧、すみません!)

第1部は木下作品を集めたステージ。1ステでやるには難しい曲(「44羽〜」とか)もありましたが、耳なじみのよい作品ばかりなので楽しめました。ただ、一つだけ。司会は要らなかったかなあ。コンサートの出だしって聴衆は集中力がまだあるので、逆にそれを阻害されるかも。特に同じ作曲家のものだとカラーが統一されていて組曲っぽくも聞こえますし。演奏は大健闘でした。

第2部はそれぞれコンクールなどの舞台にすでに乗せた曲を集めたステージで、安定感がありました。ミリケン作品、多分はじめて聴いたのですが結構好きかも、

休憩はさんで第3部。春をテーマにしたステージ。これは司会があってよかった(ポップスステージってだれやすいので)。こちらも耳なじみがよく、楽しめました。しかしまあ春をテーマにした曲って多いなあ。いつかどっかで冬をテーマにした凍えるような3ステってのをやってくれないか(笑)。

また休憩をはさんで楽しみにしていた第4部。『カウボーイ・ポップ』、初演も聴きましたし、好きな作品なので楽しみでした。

冒頭の口笛の音程の良さにびっくりしたりしたのですが、そんなところ(って言っちゃいけないけど)に気を取られてはいけないと集中して聴きました。演奏自体も危険水域には達することなく進行。とにかく難しいんですよ、この曲。嫌味な褒め方だと思ってほしくないんですが、最後まで通っただけで敢闘賞ものなんです。いやいや、音楽的にも巧みなところはいろいろありましたよ。「猫はねむる〜」とかは、この合唱団のテノールの音色が曲調にあっていて楽しく聴けました。

アンコールは肩の力が抜けていてよい演奏。全体として曲が僕の好みのものばかりで、楽しめる演奏会でした。うんうん、選曲とかがひねくれていない素直な合唱団の演奏会っていいものだなあ。

(しかし、「楽しみ」とか「楽しい」とか、つまんない表現ばかりですね…演奏会評って難しい)
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2010年03月05日

『モノ=ポリ』

松平敬さんの『モノ=ポリ』を購入。現代音楽、特にシュトゥックハウゼンを得意とするバリトン歌手松平さんのファーストアルバム。え、まだアルバム出してなかったんですか?とすら思いました。

アルバムのコンセプトは明快。13世紀から現在までのさまざまな「カノン」を多重録音で演奏してしまおうという「一人アカペラ」がそれです。しかも、混声の作品もファルセットを使ってすべて実音で演奏するというから驚き。収録曲はここをどうぞ。

ご覧になっていただければ気づくと思いますが、なんと、リゲティのLux Aeternaも一人で録音しているんです。この曲。16声でトーンクラスターとマイクロポリフォニーを駆使した難曲なんです。これを一人でやってしまうとは、驚きです。またドビュッシーの3つのシャンソンもすばらしい。同種のコンセプトのアルバムをもう一枚つくって、そこにはラヴェルの3つのシャンソンを収録してほしい。

もはや私たちはこのアルバムを通過せずして21世紀の「うた」について語れないかもしれない、それほどの衝撃と完成度。一度聞き出すと何度も何度も繰り返して聴いてしまう、麻薬のようなアルバムです。陳腐な表現で恐縮ですが、これは本当にすごい。とにかく買うべし買うべし。強く強くオススメ。
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Point de Vue vol.4〜ケフェウス五重奏団、アンサンブルPVDを迎えて〜

Point de Vue vol.4〜ケフェウス五重奏団、アンサンブルPVDを迎えて〜に行ってきました。

日時:2月26日(金) 18:30開場 19:00開演
 ■ 場所:府中の森芸術劇場ウィーンホール
 ■ 企画・構成:森山智宏/鈴木輝昭
 ■ プログラム
  築田佳奈/HALO 〜フルート、クラリネット、パーカション、コントラバスのための[新作初演]
  加藤真一郎/クラリネットとマリンバのための新作[初演]
  池田哲美/漆黒のクオリア[2007年]

  〈休憩〉

  川島素晴/5人の奏者のための「ソナタとエキシビション」[新作初演]
  森山智宏/Night Passage II[新作初演]
  鈴木輝昭/プレアデス エミッション 〜5人の奏者のための〜[1997年]

  以上演奏:ケフェウス五重奏団……遠藤佳奈子(Flute)、堤奈津子(Clarinet)、篠崎陽子(Marimba)、長屋綾乃(Percussion)、田中洸太郎(Contrabass)

  〈休憩〉

 −招待作品− 
  三善 晃/TORSE U[1962年]
  指揮:藤井宏樹 合唱:Ensemble PVD パーカッション:長屋綾乃・篠崎陽子
  ピアノ:根本英亮 電子オルガン:平井和音

冒頭の築田作品は書き込みすぎない「隙間の」多い現代音楽。HALO(太陽や月に薄い雲がかかった際にその周囲に現れる光の輪)という題材ゆえ、音数が多いのはふさわしくなく、このスタイルは必然性を持っていました。光のイメージを具現化するのに打楽器(それも金属製の)を用いないという制約によって、作曲家の書法の豊かさがあらわになっていたように思います。

加藤作品は、小さな図形をユニット化して組み立てられたようなデュオ作品。セクエンツィア=Sequence、すなわち「順序」や「継起」を表す題名からもわかるように、同一のパッセージを後ろからすぐ追いかけたりと、二人の奏者の間でかなり火花散るやりとりが行われます。マリンバの篠崎さんの反射神経のよさが曲のよさを引き出していたと思います。

池田作品は円熟の味。凝り固まらずにさまざまな技法が自由自在に紡ぎあわされ、黒という何でもなく何でもあるようなタイトルから引き出されるさまざまな像が音楽の上に次々と具現化されていきます。丁寧に書き込まれた作品であるにもかかわらず、演奏している今ここでふと偶然生まれてしまったような気さえしてくる、実に巧みな作品でした。

ここで休憩。すでに前半戦でおなかいっぱい感も。

川島作品は、4つのSonataとそれをはさむ5つのExhibitionの9つの部分からなる作品。Exhibitionでは奏者が寝転がったりあらぬ方向を向いたりしながら「ぶー」とか「ぼー」といった単一の音響イメージを奏します。要は演奏を絵画のようにパッケージしているんですね。Sonataも演劇的な要素を多分に含んだ音楽で、目にも耳にも楽しい作品でした。それにしても川島さん、「ぼよ〜ん」とか「ぐうぉん!」みたいな、こういってよければ「他愛もない」音響イメージを楽音にするのがとてもうまい。9つの部分の合間合間に暗転と奏者の移動がありやや間延びしたので、場面転換を素早く行えるようにして再演してほしいな。

森山作品は指揮者(作曲者自身)がいる作品。番号を振られたいくつかのパッセージを、指揮者の指番号の指示を受けて各奏者が勝手に演奏するという形式のものでした。「遠野遠音」形式と言えば、わかる人にはわかるかも。各パッセージが緻密で、それがずっと鳴り続けるので、耳から受ける感覚はかなり濃密でした。

鈴木作品は「うわあ、細かく計算して書いてるなあ」というのがありありとわかる実に緻密な作品。アンサンブル能力が高くないと完全にとっ散らかってしまうようなリスキーな作品ですが、管の二人、打の二人がそれぞれよく息を合わせていたので、全体としては実に構造がクリアに聴こえました。変則的な楽器編成に対して必然性すら感じさせる書法もさすが。

ここまでですでにスタートから2時間経過。だいぶ時間が押しているらしく、休憩もそこそこに三善作品へ。

長7度や短9度を駆使した旋律線、アンサンブル楽器群と繊細かつ大胆な書法と、昔の三善作品が持っている匂い立つような鋭さが、藤井さんの実にエネルギッシュな指揮によってよく引き出されていました。決して長い作品ではないのですが、聴いたあとは完全におなかいっぱいに。

これほど濃密で盛りだくさんの演奏会は久しぶりでした。すべて現代音楽ってところも素晴らしい。こういう演奏会なら何度でも行きたいなあ。来年の演奏会が楽しみ。
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2010年02月24日

『音の星座』

湯山昭さんの『音の星座』を購入。楽譜です。

傑作中の傑作『お菓子の世界』の続編と聞けば、胸が高鳴ることは間違いなし。購入して帰宅して、早速大初見大会をしてみました。おお、難易度もテイストも『お菓子の世界』と同じくらいで、非常に楽しめる。3曲含まれている連弾もシンプルで誰かと一緒に弾くと楽しそう。若干『音の星座』の方が音楽的に難しいかな?と思うところもなくはないのですが、でも子どもから大人まで楽しめる曲集であるのは間違いない。

非常にいい作品だと思います。ピアノを弾きたい人すべてにオススメ。
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合唱団『THEATRE EN VOIX』第2回定期演奏会

合唱団『THEATRE EN VOIX』第2回定期演奏会
  〜同時代に生きる作曲家との出会い
    鈴木輝昭氏を芸術顧問に迎えて〜
2010年02月17日(水) 19:00開演 すみだトリフォニーホール・小ホール

プログラム
 面川倫一 : こころ 〜無伴奏混声合唱のための〜 (詩:萩原朔太郎)
 平井和音 : 仲間 〜混声合唱とピアノのための〜 (詩:山崎るり子)
 フォーレ : パヴァーヌ
 土田豊貴 : 文官Aの言葉 〜6人の男性声楽家のための〜
上屋安由美 : そら 〜女声合唱とピアノのための〜 (詩:新川和江)
 鈴木輝昭 : 源氏幻奏 〜「源氏物語」による無伴奏混声合唱のための譚詩〜

   【指 揮】 田中豊輝(客演)
         山口統央
         面川倫一
   【ピアノ】 河野紘子
         根本英亮
   【合 唱】 THEATRE EN VOIX
         (テアートル・アン・ヴォア)

友人に誘われて行ってきました。『源氏幻奏』、生で聞いたことがなかったので。この合唱団はおそらく桐朋の声楽科の学生さんによって構成されているもよう。女声12人、男声6人の18人という少数精鋭のグループでした。

面川作品(無伴奏、面川氏指揮)は素直な和声で耳なじみのよい合唱曲。高音が多く持続力も要求されるので小品とは言えませんが、愛唱歌的な性格を備えた作品でした。

平井作品(指揮は田中氏、ピアノは根本氏)はオーセンティックな合唱曲。詩の選択に魅力を感じました。4楽章の組曲のうち1と2を演奏したのですが、3、4も演奏してあげればよかったのにとは思いましたけどね。

フォーレのパヴァーヌ(田中氏指揮、河野氏ピアノ)はやはり名曲。言わずもがなですね。

土田作品はもっとも「現代音楽」的。歌い手が(男声合唱ではなく)男声6人という編成の必然性に追いついていない気もしましたが、何をしたいかが明確な楽曲でした。

ここで休憩。

上屋氏の組曲(山口氏指揮、河野氏ピアノ)も力の入りまくったもの。時折「現代音楽」的な楽想が立ち上がるあたり、鈴木輝昭氏の影響でしょうか。

鈴木輝昭氏の作品は混声6部で各パートがdiv.する難曲。男声はほぼ一人1パートと言ってもいいでしょう。ぴたっとはまると音楽の輪郭がくっきりと見えるので、少人数の力のある声楽家による演奏もありなのかも、と思いました。

アンコールは鈴木氏の指揮、根本氏のピアノで『もうひとつのかお』より『愛』。確かに今回の演奏会の中で一番耳なじみのいい曲ですが、しかしそれにしたってこれは一般的な基準ではアンコール向きの曲ではないだろう(笑)。このチャレンジングな姿勢に好感が持てました。

また機会があったら演奏会を聴きに行ってみたい団体でした。ひさしぶりの演奏会で潤いをもらえた感じ。
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2009年12月24日

『吉松隆の楽勝!クラシック音楽講座』

吉松隆さんの『吉松隆の楽勝!クラシック音楽講座』を読む。

クラシック音楽における基本のトピックについて、虐げられた作曲家吉松さん(このまとめ方でよいのか?)が私憤を織り交ぜつつ軽妙に解説してくれるクラシック音楽入門書。作曲家案内や名曲案内ではなく、かといって楽典入門でもなく、「オーケストラ」とか「指揮者」とか「オペラ」とか、そういった項目が並んでいます。

よくもわるくも「オヤジ的」で、そのおとぼけっぷりを楽しみながら読む本です。吉松さん、この種の入門書をたくさん出しているので、気に入った人はどんどんそれらを読み焦ってください。
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2009年12月10日

『ジョン・ケージ 混沌ではなくアナーキー』

白石美雪さんの『ジョン・ケージ 混沌ではなくアナーキー』を読む。白石さん、初の単著でしょうか。読者があまりにも待たされた、待望の仕事ですね。

とかく「不確定性」というそれ自体ずいぶんと不確定なタームによって語られるジョン・ケージ。ジョン・ケージはなぜそのような音楽を書かなければならなかったのか。この謎に、偶然性を作品に導入する転回点付近の1940年代後半から1960年代半ばに照準を合わせながら答えていくのが本書です。

「不確定性」「偶然性」の導入という大きなジャンプの物語を、伝記的な要素から音楽内の要素までのさまざまな論拠を挙げながら、一つ一つの小さなジャンプの連続体として描き直していくさまは圧巻。もちろん、この小さなジャンプも、私たちから一般人から見れば大きなジャンプで、その面白さが十分に伝わってくるのも白石さんの緻密な考察のおかげ。

もう一つ面白いのは、ケージという題材が選ばれることによって、鳴り響く音楽そのものと音楽を語る言葉との問題が焦点化されていること。主観を折り込んだ非アカデミズム的文体の選択は、この題材からすれば必然かも。ただし、音楽社会学にシンパシーを感じる音楽愛好者としてはこの点に関しては思うところがありすぎて最終的な評価は下せず。

いずれにせよ、この著作が白石ファンを(ということはほぼすなわち現代音楽ファンを)熱くさせることは間違いありません。読むべし、読むべし。オススメです。
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2009年11月29日

『ペンギン組曲』

西村朗さんの『ペンギン組曲』を購入する。ヤマハの渋谷店でセールに出されていたので、ここぞとばかりにゲット。

西村さん唯一の子ども向けのピアノ独奏作品。とは言われているんですが、結構難しいし、何より曲想は一切子ども向けではない。もろに現代音楽です。これを弾くよう教師に指定された生徒の心情やいかに(笑)。

しかし子ども向けという条件を外せば、僕のピアノのレベルでもぎりぎり弾けそうな西村作品ということで、これはこれで大事な作品かも、とも思います。一曲目とか、幻想的で結構素敵だしね。
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2009年11月24日

『音楽は自由にする』

坂本龍一さんの『音楽は自由にする』を読む。坂本さん初の自伝(たぶん聞き書き)です。

どんなに好きな作家やアーティストのものであっても、自伝ってやつに興味がない僕なんですが(笑)、まあ読んでみました。結論、面白かったです。

白眉はやはりYMOをめぐる一連のエピソードが、その裏で何があった(と教授は語っている)かの情報を加えて語られている部分でしょう。「散開」という言葉に込められていたもの、HASYMOってそういう経緯で発生したのねってディテールなど、興味深かった。あと、僕は実は教授作品を好きになったのはわりと最近なので(というか、年齢的に初期の活動は知る由もない)、僕の知らない作品について語ったくれたのもよかった。

長大な自作解説の趣きもあるので、そもそも坂本作品を全く聴かない人にはわかりにくいかもしれない。そう言った意味でファンブックとも言えるかもしれない。
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2009年11月02日

『音楽の聴き方』

岡田暁生さんの『音楽の聴き方』を読む。

音楽なんて自由に聴けばいいというけれど、私たちは自覚できないさまざまな「型」をすでに持って音楽を聴いてしまっている。ならば、その「型」に自覚的になってみよう。そんな発想から書かれた本です。僕の見立てではこれは『まなざしのレッスン』の音楽版ですね。

この際岡田さんが積極的に主張するのは「音楽は言葉にできない」なんてことを言ってないで、音楽を語る言葉を磨こう、ということ。これには僕も大賛成。具体的なエピソードを読むうちに、音楽を生き生きと語る事の面白さがわかってきます。

ただ、岡田さんは音楽学の人で、僕自身は音楽社会学にシンパシーを感じているせいか、ああ、完全に立場が違うんだなあ、と思う箇所もありました。例えばこんな箇所はどうでしょう。

「社会」なるものの自明を疑うことがない大半の音楽社会学から、彼(引用者注:パウル・ベッカー)の見解を決定的に分かつものは、この「私たちにもはや社会はない」というラディカルな認識である。(p.182)


趣味の多様性によって音楽受容が分断されたことをもって「社会がない」と言い得るのか。「社会がない」というわかりやすい言葉によって、むしろ「音楽」という概念が無傷のまま延命されてはいないか。ほら、同じ現象に対して全く逆の読み方もできるでしょ。こういうところが音楽学と音楽社会学の埋められない溝なんだなあ、きっと。

しかして、聴く「型」を身につけよう、という主張にはやはり大賛成。オススメの本です。
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2009年10月12日

『20世紀の作曲』

ヴァルター・ギーゼラー著、佐野光司さん訳の『20世紀の作曲 現代音楽の理論的展望』を読む。大学の図書館で借りたんですけどね。実は昔にも読んだことがあって、その時は奇妙な譜面萌え!という程度の浅い読み方しかできず、リベンジしようと思ってこの度また手に取りました。アマゾンでは中古品が3万もするようです(定価は5600円)。図書館ってすばらしい。

いわゆるクラシック音楽から、20世紀の現代音楽がどのように離れて行ったのかを、素材、構造、形式の主に三つの側面から実例を挙げつつ論じた本です。素材は分かりやすいでしょうか。音高(下位分類として音階とか微分音とか)、音価、音色、強度ですね。ま、十二音技法からトータルセリアリズムへの流れです。構造は、いわゆる「ソナタ形式」とか「ポリフォニー」とかそういう、音楽の骨格をなすカタチのことですね。点描とか群作法とか、「再現部」の拒否とか。

で、この本で言う「構造」って、僕らが通常言うところの「形式」ですよね。でもこの本では、形式には別の意味が与えられています。聴取者が「あ、この音楽ってこういうもんなんだ」とわかる、その分かり方の枠組みの方に形式という言葉を当てているのです(カントが引用されてます)。著者は、構造と形式を分けてその両方を論じることで、現代音楽の聴き方がわからない聴衆を置いて行かない、という決意表明をしているようにも見えます。ただ、この本自体はかなり歯ごたえがあって、当の現代音楽以上に読者を置いて行ってる気もしますが(笑)。

ということで、楽理好きにはたまらない本でした。シュトックハウゼンを非常に強く推す記述が多く、全体としてシュトックハウゼンには辟易、という評価が下されがちな現代からすると苦笑を禁じ得ないところが驚きだったのですが、原著刊行が1977年、訳書刊行が1988年とわかり納得。時代のスターだったわけね、シュトックハウゼン。

オススメなんですが、絶版本なので…図書館を探してみてください。
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2009年09月28日

『武満徹の音楽』

ピーター・バートさん著、小野光子さん訳の『武満徹の音楽』を読む。

原著は2001年、この訳本も2006年に出版されたので、全然新刊ではないんですが、腰を据えて取り組もうと思っている間にもう2009年も終盤戦に入ってました。ちょっと遠出する用事があったので、電車の中で一気読み。

武満氏の音楽の「日本的」な要素とは何なのか。その問いに、西洋の音楽学者(この本の作者ね)が答えるためにとった方針は、あくまで西洋の楽曲分析の方法を徹底して行い、そのことによって分析し尽くされない、あるいは分析不能な要素こそが、武満にとっての「日本的な」要素なのではないかと考えるというもの。なんか「ロンテツ」みたいな論の運びですが。

ただ、この方針はあまりにリスキー。バートさんは間違いなく既存の武満研究の中でも最多レベルの作品の譜面にあたって、彼の音楽の核心に迫る部分を過不足なく抜き出し分析しているんですよ。だから「武満音楽の特徴を探る」だったら、この著作は間違いなく最上の出来。ただ、分析不能な部分が「武満の日本らしさ」だとする方針をふまえると、本当にこれだけの量の分析で分析できるところはし尽くしたのか、とやはり疑問に思ってしまう。

いや、正確に言い直しましょう。量の問題ではないのです。こういう否定神学的な問題構成をとった場合、なされる「分析」の質が変わってくるはずなのです。それこそ「ロンテツ」のような、もっと香具師的なやり方で「分析」しないと、いつまで経っても「分析不能なもの」に到達できない。

ずいぶんひねりすぎたコメントだと思うでしょ?でもどうしても気になるのは、バートさんが最後に「分析不能なもの」の記述に戻ってくる際に、それまでの分析結果の中の隙間を割と素朴にオリエンタリスティックな言葉で埋めてしまうからなんです。大体「西洋には分析不能なもの」って考え方自体がいたくノスタルジックでオリエンタリスティックじゃないですか。だから、この問題構成に関しては(すでに日本の音楽学者がさんざん言ってるとは思いますが)、やはりなんらかの批判が必要だと思うんだよね。

一応確言しておくと、各論はとても魅力的なんです。メシアンから継承した旋法、旋法を縦に重ねた和声の作り方、和声がいくつかの「層」からなっていて、それらが独立に「移調」される運動性とか、こうして書いただけでわくわくしてくるくらい(僕だけ?)。だからこそ、全体のパッケージはもう少し緻密にした方がいいと思うんだけどなあ。

分析の質は相当高いので、音楽学的には一級の労作だとは思うんだけれど、僕は音楽学者じゃないんで(そしてこういった問題の場合音楽学者じゃないことに意味があると思うので)、ちょっと批判的に書いてみました。でも本当にとても魅力的な本です。楢崎洋子さんの『武満徹と三善晃の作曲技法』と合わせ読みしてもいいですね。オススメ。
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2009年09月27日

『音楽を展示する』

井上さつきさんの『音楽を展示する―パリ万博1855‐1900』を読む。

パリ万博がその「展示」物の中に音楽を取り込むことでフランスの音楽界がどのような影響を受けたかを細かい資料に当たりながら丹念に書き起こした労作。非常に緻密な歴史学の作業です。細かいエピソードが大変に面白い。

どのような影響を受けたか、という問いに対する答えが「非常に大きな影響」という形に見えるのは、この本が歴史社会学ではなく歴史学のそれだからなのだと思います。これだけ一次資料にあたって調べる手間を考えれば、こんなつまらない文句を言ってはいけない。

よく考えたら日本の現代音楽史にとっても大阪万博の話って重要ですよね。僕はそれを知らない世代なんですけど。万博って確かに音楽にすごい影響を及ぼしたんだなあ。
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『キーワード150 音楽通論』

久保田慶一さん編の『キーワード150 音楽通論』を読む。

白石美雪さんの執筆項目が目当てで読んだのですが(そしてそれは分量的にはあまり多くなかったのですが)、その他の項目も大変勉強になりました。音楽に関してオーセンティックな教育を受けると必ず出てくるトピックが網羅されているので、手元においておくには大変便利な本かも。僕は相変わらずちゃんとマスターしていないモードの理論のところを何度も読み返してしまった。

前書きがそこはかとなく「この本は音楽の専門家向けさ、けっ!」っていう態度に満ちていて若干苦笑してしまうのですが、しかしいい本だと思います。オススメ。
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2009年09月20日

『無伴奏チェロ組曲』

鈴木秀美さんの『無伴奏チェロ組曲』を読む。

チェロ奏者である鈴木さんが、バッハの無伴奏チェロ組曲全6曲を校訂した楽譜と、全曲の詳細な解説を語り下ろした企画を文字化したものを収録した、2冊セットの書籍。分売不可で9500円!これを収蔵してくれた図書館に感謝します(笑)。

さて、この詳細な解説が本当に素晴らしい。鈴木さんの全編を通して指摘しているポイントは3つ。第一に、重音のない「単旋律」も、複数の声部が絡み合う対位法のように設計すること、第二に、旋律がどのような和声構造の中で運動しているのかを把握すること、第三に、和声構造を踏まえてベースラインを想定しながら演奏すること。

第一の点に関しては、かなり単純に単旋律に見える所でも複数の旋律を読み取ることで、第二の点に関しては、あえてやや複雑な和声を読み込んでみることで、音楽が停滞せずに立体的に運動しだすよう鈴木さんは意識しています。そして第三のポイント。バイオリンの曲ならともかく、チェロの下にベースラインを設定するとは…そのおかげで音がもっさりしなくなる効果がありそう。

僕は弦楽器を弾けないのでボーイングに関する言及はあまり深く理解できなかったのですが、そのほかの点はバロック時代の曲を演奏するために応用できそう。読了後全曲をマイスキーの演奏で聴いてみたのですが、僕自身の聴き方にも変化がありましたね。ずいぶん立体的に音楽を把握できるようになりました。

楽典の知識が必要なので、誰にでも薦められるわけではありませんが、チェロを弾く人に限らず読んでほしい本です。オススメ。
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2009年08月03日

ザ・タロー・シンガーズ第11回東京定期演奏会

ザ・タロー・シンガーズ第11回東京定期演奏会「20世紀の響き〜その聖と俗〜」を聴いてきました。

ザ・タロー・シンガーズ第11回東京定期演奏会「20世紀の響き〜その聖と俗〜」
2009/08/02(Sun.) open16:30/start17:00
@トッパンホール (東京・小石川)


B. Britten : Sacred and Profane, op.91
B. ブリテン:神聖と世俗(作品91)
E. Elgar : Lux aeterna
E. エルガー:永遠の光
S. Barber : Agnus Dei (Adagio for Strings), op.11
S. バーバー:アニュス・デイ(弦楽のためのアダージョ), (作品11)

〈休憩〉

Florent Schmitt :A Contre-Voix, op.104
フローラン シュミット:声に向かって, (作品104)
F. Martin : Messe pour double choeur a cappella
F. マルタン:無伴奏二重合唱のためのミサ

アンコール
さくら(日本古謡 武満徹編曲)
S. Barber : Agnus Dei (Adagio for Strings), op.11


前半は書法的にもっと難しいブリテンから。ブリテンって耳なじみのよい曲が多いと思うんですが、複調っぽかったり同主調感を頻繁に行き来したりと、声で表現するには難しいしかけが多いんです(『キャロルの祭典』とかね)。瞬発力でスタッカートの和音をはめていくような職人芸っぽさを発揮しての演奏、なかなかスリリングでした。

エルガーの作品は個人的に好きです。「威風堂々」ではありませんが、ゆっくりじっくり鳴らしていくタイプの作風なので、合唱というジャンル、TAROシンガーズのややオペラ的な発声に合っていると思う。

バーバー作品は合唱人ならまあ数度は聴いたことがあると思うのですが、僕としては今回は「この人数でよくこの曲を!」という驚きを感じました。やや巻き気味のテンポで割と駆け抜けるんですね。

後半はシュミット作品から。ラヴェルとドビュッシーとプーランクを足して2.8で割った感じの作風(3未満で割っているので若干重ため)。こういう曲、大好きなんですが、歌うとなるとぞっとしますね。難しすぎる。

これまた合唱人にはおなじみのマルタンのミサ。少人数ならではの推進力とシンフォニックな音圧が同居した、ちょっと珍しいタイプの演奏でした。アップめのテンポも悪くないかも。

アンコールはTAROシンガーズ十八番の「さくら」と、バーバーの「リベンジ」。バーバーはアンコールの方が(多少作りが粗くなるにせよ)音楽的だったと思う。特に出だしがよかった。

日本人作曲家の作品を一切とりあげない演奏会ということで自分立案では多分行かないかと思うんですが、友人に誘ってもらったおかげでこういう機会を楽しむことができました。ここのところ自分から聴きに行く音楽が合唱以外のものばかりだったので、またしばらく合唱にひたってみようかな。
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2009年06月22日

第19回コール・キリエ演奏会

第19回コール・キリエ演奏会を聴いてきました。リンク先にアンコール曲まですでに掲載されているので、演奏会情報と曲目は割愛。

第一ステージは海外の現代合唱曲アラカルト。このステージ、難易度高いですね。自分が団員だったら3ステに回してほしいと直訴すると思う(苦笑)。辛いんですよ、この手の曲を演奏会の1ステでやるのは。ウィテカーの曲、僕の知ってるウィテカー像から少し逸脱していて面白かった。

第二ステージは『白青』。「中世風」を選んだセンスは買いでした。しかしあれだけ何度もピアノで「自転車でにげる」を弾かれると、「その曲も歌って!」と思ってしまうのは『白青』をすでに知っているからか。

第三ステージはアメリカのスタンダードナンバーのアラカルトステージ。ソリストが大健闘で聞き応えがありました。ちなみに2ステと3ステは連続していて、しかも演出付き。なるほど、変則的な休憩の入れ方はそういう理由があったのね。でも確かに団員だったら僕もマルタンの前に休憩を取りたい(笑)。

第四ステージは名曲、マルタンのミサです。人数に見合った比較的速めのテンポ設定での音楽作りは新鮮で、勉強になりました。個人的にはクレドのアグレッシブな音楽作りが好き。しかしまあよくこの難曲を歌ったもんです。感嘆。

アンコールはラインベルガー。結構難しいんだよね、アンコールとしては(笑)。でも美しく演奏なさっていました。

ということで、最初から最後まで捨て曲なしの演奏会を堪能させていただきました。
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2009年06月04日

『「IL VENTO E LE ROSE 愛するということ」オリジナル・サウンドトラック』

『「IL VENTO E LE ROSE 愛するということ」オリジナル・サウンドトラック』を購入。収録曲の大半を書上奈朋子さんが作っているということで、買いました。当然のことながら映画は見ていませんし、ストーリーも知りません。ってかこんなのばっかりじゃん自分。

収録曲20曲のうち、4曲は書上さんの曲ではありません。残り16曲のうち、既発表音源は3曲、既発表曲のリミックスが6曲です。この6曲は、映像に合わせてうるさすぎないよう「音を抜いた」もののようです。だから、聴き所は当然残りのオリジナル曲7曲。アンサンブル・プラネタも演奏に加わり、いつも通りの書上ワールドが楽しめます。track4の「Waltz」は音素材がなんかよくあるシンセ音源ぽくてびっくりしたのですが(クレジットを見るとこの曲だけ録音とミックスの作業者の名前がないのですが、なぜ?)、他はかなりとても濃い書上トーンですね。個人的に好きなのは「la rosa」。書上さん独自の外国語っぽい「歌詞」が前面に出た曲で、楽しめます。

それにしても、この映画、どんな内容なのでしょうか。誰か観に行った人、います?

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2009年06月03日

『sound track of CHAOS;HEAD the animation』

tOkyOの『sound track of CHAOS;HEAD the animation』を購入。

tOkyOとは一ノ瀬トニカ、一ノ瀬響姉弟のユニット(トニカの「ト=tO」と響の「キョウ=kyO」なんですな、多分)。僕はこの二人のファンなので、タッグを組んだのなら買わねばなるまい!と購入しました。ということで、このカオスヘッドというアニメを見たことはありませんし、ストーリーも知りません。ブックレットを開いてど真ん中ストレートの「アニメ絵」が出て来て正直驚いた。

さて、音楽は2分前後の短い曲が38曲という構成。サントラですからこれは仕方ないです。一曲一曲が短いながらも実験精神に満ちていて、僕は楽しめました。しかし、やはり一曲が短いゆえこれはtOkyOというユニットへの扉に過ぎず、その奥を見てみたいという思いは強く持ちましたね。「サントラっぽい」音楽という側面もやはり強いので、tOkyOの持つ音楽的ポテンシャルの一部しかまだ聴かせてもらっていない感じ。音程のしっかりわかる曲が多いのも、少なくとも響さんの普段の作風とは違う気がするし。

ただ(逆説の接続ばかりですが)、この感想を聞いて「あ、やっぱり単なるサントラでしょ?」と思った人には、それは間違っていると伝えたい。時折「これをアニメの中で流して大丈夫なのか!」と思えるような現代音楽が混ざっていて、度肝を抜かれます。あと、CDで聴くと多分アニメのバックでかかっている時では想像もつかないくらい一つ一つの音の「素材」の作りがしっかりしているんですよね。そういうところがこのアルバムをサントラの枠から一歩踏み出させていると思う。

ということでtOkyOというユニットの今後から目が離せません。しかして誰か、カオスヘッドってどういうアニメなのか、教えてくれません?

posted by △ at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | みみをすます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『texture』

heirakuGの『texture』を購入。これまたずいぶん前のリリースなのですが、今更と思いつつ買いました。確かタワレコ渋谷店のポップに「ソフト変態」って言葉が使われていてものすごく食いついた記憶が(苦笑)。

ゴリゴリの電子音(というか金属音?)で作られた異形の建築物。4曲で50分ということで一曲が異様に長いです。攻めの姿勢。このアルバムに関しては、エンジニアも務めたkashiwa daisukeさんの言葉を引けば一番てっとりばやいかと。すなわち、「まるでコンピュータそのものが意志を持って楽曲を創造しているようだ」。僕が一聴して思ったのは「ああ、これは機械の音楽なんだなあ」ということ。なんといいますか、そうとしか言いようのない音楽なんです。

あと、textureというタイトルも言い得て妙。kashiwa daisukeさんをエンジニアに迎えているだけあって、音の質感と肌理がすばらしい。金属のテクスチュア、って語義矛盾ですが、でも確かにそうとしか言いようのない「音の手触り」がここにはあります。

耳なじみのよい音楽に飽きた人、新しい音楽に出会うことで新しい耳を手に入れたいと思う人(音楽を聴く最大の意味なんて、ここにしかないんじゃないかと僕は思っていたりするのです)はぜひとも聴くとよいと思う。オススメです。

posted by △ at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | みみをすます | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする